第五章 幻夜(1)
 予感とは何者が運んで来るのであろうか。予感が偶然を引き起こすか、偶然が必然を引き起こすか。全ては数本の生糸が枝分かれした先の事象である。生糸が絡み合うも、解けるも、その前触れを常人が知ることは出来ぬ。
 異なる結果というのは夢想である。全ての結果はすでに完成されており、我々は五百枝(いおえ)の支流が合流して、漸くこの先へ続く本流を見られるに過ぎない。うねりとは多くの者の手で作られるものだ。強いうねりの前に、只人は時に流されることしか許されぬ。そして、時に沈み、潮の底へ消える。藻屑すら残さぬ大海の一滴となる。



 雄滝の飛沫立つ川縁で楸と疾風は刀を交えていた。このところ修業は形(かた)にこだわらぬ地稽古が多く取り入られ、楸は前に増して修行への気持ちを高揚させていた。
 形というのは決まった手順の攻防を稽古することだ。しかし、そればかりのように見えて、その実、間合、切先の交わる瞬間、打太刀の斬り込む速度、全てが一度きりの戦いである。手順通りに言われるがまま行っていては、その雛形を外れた時に命を奪われる危険がある。次の一手に備える際、常に手順とは別の方から斬られた場合に如何なる動きをするべきか、頭の中で逐一想定しておかねばならぬ。
 地稽古――実戦に則った稽古は、少なくとも形に組み込まれた技が身に染み込んでおらなければならない。加えて、様々な武器を手足の延長として使えるようになっておらなければ大怪我をする。しかし、技の応用や咄嗟の判断、それに形への拘りは大いに身になるものであったし、別の側面からすると力試しでもあった。
 朧とはよく流れで地稽古になった。最初は打太刀と仕太刀に別れ、単なる形の手合わせをしているのだが、刀が折れても戦えという彼女の方針でそのまま地稽古に持ち越されるのだ。だが、疾風はその許可を下すまでに少しばかり時間が長かった。彼の慎重な性格のためでもあったし、実践こそ第一と主張する朧と考えが違う部分でもあった。
 男同士の試合では力ずくは意味がない。手心を加えられても簡単にいなされてしまう。それどころか、そもそも楸には彼の隙を見つけることが難しい。普段ですら容易には隙を見せぬ相手に、どう攻め込むべきかと考えあぐねて居ると、また背後を取られて首を手刀で打たれる。
「楸はこれで三十二回死んだな。そろそろ楸の荒御霊が祖霊になってしまうなー」
「東雲……」
「いやいや、馬鹿にしている訳じゃないぞ。俺が見物し始めた当初に比べると、楸もなかなかいい動きになってきた」
 疾風は打たれた勢いで川に座り込んでしまった楸に手を貸しつつ、白色の巨石群のひとつに坐する東雲に視線を送る。東雲は物見櫓から祭りの見物を決め込んだ客のように面白そうに二人を見下ろしている。裾が清水に濡れて着衣がまだらになっている二人とは対照的に、東雲は飛沫もかからぬ高見から紫紺のいかにも上等な着物を揺らしていた。
「はー。また負けた……って、わっ!」
 手を借りて尚楸は岩肌を覆う苔衣にずるりと足を滑らせる。派手な水音を立て、顔面を水に浸した彼を見て東雲が大笑した。
「いや、本当にいい動きだ!」
 どんなにおかしなことかと思って面を上げてみると、手を着いた先に見慣れた檳椰子染の袴がある。どうやら疾風は滑った楸を抱えようとしたものの、苔清水と足場の悪さから楸に引き摺られてともに水の中に座り込んでしまったらしい。袴の裾に川に乗じて流れてきた桜の花びらがくっついている。東雲に笑われて疾風はいつもの無愛想な表情がより深め、厳しさを湛えていた。
 地稽古がはじまってからというもの、東雲はこのようにして彼らの稽古を覗きに来た。また、時に気まぐれで手合わせをしてくれる。東雲は楸が里に来た当初こそ関心を示さなかったが、八人衆の誰もが見向きもしなかった子どもを交友の深い疾風が熱心に教え込んでいると聞きつけ、やがて面白半分にちょっかいをかけに来るようになった。
 東雲が訪う日の疾風はいつになく厳しい表情をするが、疾風が厳しい分だけ東雲が朗らかな空気を運ぶ。
 東雲自身は八人衆の中でも武の面は特筆するほどでないと言われており、当の本人も肯定しているのだが、疾風とも朧とも異なる動きや戦い方をする上、背の高さからか間合が際立って異なるように感じられ、楸には新鮮だった。それに、色々な手の者と手合わせすることは経験を豊富にする。
「そういえば今日は朧が居ないのだな」
 小休止にしよう、と袴の水を絞る疾風に東雲が意外そうな顔をした。
「おーちゃん今日は用事があるんだってさー」
 楸は上半身を露わにして、同じく着物の水を絞っていた。漸く大人への階に足をかけたばかりの頼りない両腕に、近頃ではうっすらと筋肉がついてきて少しばかり逞しくなってきたところだ。
「用事か。先刻藤間屋敷で朧を見かけたのだが、てっきりこちらに向かっているのだと思っていたなぁ」
「屋敷に?」
 如何なる用向きがあって屋敷に顔を出しているのだろうか。疑問に思う楸の横で、疾風も意外そうに声を上げる。
 今日は評定もなければ、疾風も稽古に出るので居ない。
 考えられるとすれば時たま紫雲が朧を茶に誘う――朧は幼い時に僧院の和尚(わじょう)の茶の相手を勤めていたために儀礼に詳しいらしい――くらいで、他にはとんと心当たりがなかった。
 しかし、彼女が様々な上忍の野暮用に一枚噛むことがあるのは疾風も東雲も承知している。故に、他の何者が知らぬ用向きがあったとしてもおかしくなかったし、忍び同士の暗黙の了解で深く詮索してはならない。楸にとっても同様である。
「何、また泰光殿が言いがかりをつけに呼び寄せたのかね」
 東雲の冗談に楸も笑う。
 だのに、疾風だけが強く違和感を覚えていた。それはここのところ玉秀斎、泰光、道順の三人が非番の時、頻繁に紫雲の元を訪い、或いは招ぜられ、座を設けて議論を交わしていたことと関連する。彼らは堂々と屋敷を闊歩出来る身分でありながら、敢えて忍んでやってくるのだ。
 三人は八人衆の中枢を担い、雷神の宮との先の戦の前では、現八人衆の上層の組織である三人衆に数えられる者たちだ。秘密裏に何事かを議することは、忍びの里ではままあることだったが、道順ばかりが声を荒げていることも心に引っかかる。
 その場に朧が居たためしはない。だが、何か悪いことが起こるのではないか。それが思い過ごしであれば良いのだが。そういった危惧を抱かざるを得なかった。
 疾風は竹筒の水を片手に、無邪気に東雲と座談する楸を一瞥した。



 紫雲の短い睫毛に言いようのない静かな感情が宿っていた。深い慈悲のような、それでいて悔悟の念のような、判然とせず曖昧模糊としたものが彼の内に渦となって取り巻いていた。決して錯覚ではない。動かしようのない大きな決まりが下されたのであろうと朧の勘が囁いていた。
 心当たりが全くないわけではなかった。
 先年の夏、蓮見の祀姫が里の逗留を終えて帰郷した。祀は里に大いなる幸福の期待を里に振り撒いて行った。それは蓮見という有力な武家と連なる幸福であり、愛らしい姫君の一生を里にお迎えする幸福であった。祀が里に嫁ぐ際には幾人かの侍女が彼女とともに村入りすることとなり、閉鎖的な忍びの里の人員整理が行われる。その時に向け、朧はある決断を迫られることを自覚している。
 即ち、里に残るか否かの選択である。
「それでは、早良家の養女にもならず、赤松家の更也にも嫁さぬというのだな」
「はい」
 黒瓦の厳めしい門構えを潜り、朧は紫雲の私室に通されていた。紫雲が個人的に彼女と茶を遊ぶ時にも通される室だったが、茶の席のように身分や歳の差を超えて趣味を共有する時の一種打ち解けた朗らかな空気は、今ここに一切漂っては居らなかった。人払いが済まされ、紫雲の小姓であった彦四郎すら気配を現さぬ。
「朧、それならばお主は村入りを果たせぬ。承知しておるか」
 彼女は躊躇いもなく頷く。
「長、私は早良の家の一員になる器でもなければ、赤松家に嫁して釣り合う身分や器でもございません」
 朧のつり上がった黒の眼(まなこ)が薄暗い部屋の中で自然の光を得て強情なまでに爛々と光っている。
育ての親の十六夜が戦死して、朧は誰の養女にもならぬし、誰にも嫁さぬと決めていた。
後ろ盾のない子どもが忍びの里で生きるために、朧は様々なものを捨てねばならなかった。無邪気さ、夢、想い、矜持……。女の性もその内のひとつだった。これを捨てることが彼女にとっては甘えを絶つことだった。
 その代わりに、大勢の先達が、無垢な子どもの面を捨てた代償に得た鋭い氷のような杭を、彼女も同じように心の裡から引き摺りあげた。
 同時に踏み入れた忍びの世界というものは、例え真似事だとしても、眼(まなこ)を開き、とくと生を味わなくては人としての心を取られてしまうように思われた。心身が血に染まり、人の心を鬼の形相に塗り替えてしまったとしても、じっと生を見つめなくてはならぬ。
 掌に拭いきれぬ血の色を残しても、己の力が里の役に立ち、少しでも恩を返せるのなら良いと思っていた。それは自ら望んだ道で、決して不幸ではなかった。
「お主は里のためによく働いた。出来れば里に残してやりたいが、村入りをせぬのであれば、はじめに交わした約束を遂に果たさねばならぬ。それでも全てを断るつもりか」
「はっ」
 紫雲は朧の決意が固いと見て落胆した。
「ならば分かっておるな。このような命にお主を従わせたくはなかったものだが」
 彼女の生来持つ頑固さを強引に奪うのは至難の業だった。即ち、紫雲はひとつの重大な任を命じた。
「下山せよ」
「謹んで拝命仕ります」
 朧は膝の前に合わせた両手の指に額をつけて深々と礼をする。
「お主がこれより先、里に関わることはなかろう。楸がおらねば齢十六にして下山を命じたが、お主にはあやつを育てる務めがあった。だが彼の者は十分に育った。そしてお前も良き節目に二十歳の成人となった。今が機。何時までもこの里に固執せず、相応しい道を歩むほうが良い。命を削らなくても良い者はその道へ戻るべきだ。出来れば――」
 紫雲が付け足した。
「お主には里の内にあって、産み育てる者となって欲しかったのだが」
「及ばず申し訳ございません」
 紫雲は彼なりに朧を可愛く思っていた。だが、いつまでも誰にも嫁さぬ朧は、紫雲にとっても、他の上忍にとっても危険な存在であることに違いなかった。
 一振の刀として朧を嫡子である疾風の近くに置いていた紫雲でさえも、朧に腹がある以上、いつ何時疾風と過ちを犯して重大なことが起こるかは予想できなかったし、常に危惧して然るべきだった。
 藤間家と蓮見家との縁談が立ち消えになってはいない以上、いつまでも分を弁えず密接した仲の男女を放置することは出来ない。
 特に、疾風が朧を女として見初めているからには。
 加えて、他でもない朧自身が、例え幼少からの想いを固く封じたとしても、積年の想いは既に澱になって胸の内にこびり付いていて、もはや真白にこそぎきれぬことを十分に知っていた。
 里に恩を返す。その一番の目的を果たすためには、朧はどうしても里から離れねばならなかった。
 ここらが潮時なのだ。
「今すぐに下山せよとは言わぬ。だが、長く猶予は与えられぬ。精々三日乃至四日が関の山だ。本来ならば此度下忍に任ぜられる楸の勇士を見せてやりたかったのだがな」
「いいえ。未練が残りますので。三日頂ければ十分にございます」
 朧は低頭しながら目を閉じた。瞼の裏に昇任の儀に巻物に墨書された証を贈られ、輝かしく、また力強く未来へ向かう楸の姿が浮かび上がった。己が遂に叶えることの出来なかった忍びへの道も意志もきっと楸が継いでくれることであろう。
 本心では楸が忍びへの最初の階を昇る姿が見たくてたまらなかった。しかし、一度許されて見てしまえば、きりがなくなってしまいそうだった。
「今宵わしは八人衆たちと里を離れ、雷神の宮の常盤殿に会う。三日の後に里に戻る故、最後に一献酌み交わそうではないか」
「はっ。有難き幸せ」
 紫雲が朧の肩を叩く。朧は暫く顔をあげることが出来なかった。
 強いられた決断ではない。にも関わらず、思いがけず、つと何かが頬を濡らした。涙なぞついぞ十六夜が死んだ時に忘れたはずだ。封ぜたはずの気持ちがまだ己の身の内に潜んでおり、その上氷塊を溶かすような熱を持っていたのか。それもこの地を離れねばならぬ寂しさと、今までの恩を思い返せば至極当然だった。
 “朧”という人生はこの里にはじまり、この里に終わる。下山すればもうそこに“朧”の人生はなく、別の名で、金輪際この地の一切を忘れたかのように振る舞い、生きなければならない。
 この里はとても幸せな夢であり、非情で容赦ない夢なのだ。ここで年老いて、死ぬまでずっと季節の移ろいゆくを眺めることが出来たならば、どれだけ幸せだったろう。かけがえのないものは里の中にこそあるというのに、全てを返し、最初から無かったものとして扱わねばならぬ。
 永遠はない。全てはうつろう。うつろいのなかにある一瞬にこそ永遠を感じる美しさを見出せる。永遠という存在は、ただ、永遠であると錯覚しているだけに過ぎず、刹那の美を愛する人の心が永遠を位置付けるのだ。そして、そう位置付けた時点で、美は実際よりも更に美しく昇華されて心に刻み込まれる。それは同時に無意識の内に己が歪めた夢想(すがた)でもある。
――鷺は立てども跡を濁さず、か。
 果たして己はそう振舞えるだろうか。感情の高ぶりを露とも現さずに、一時は忍びを目指した者らしく、匂いもなく煙もなく霞のように消える。
 これが彼女の最後の勤めに違いなかった。



(さて、念入りに支度せぬとな)
 朧は家に戻ると座敷の箪笥の類や柳行李を眺めた。刀箪笥と柳行李は私的に使っているが、十六夜の箪笥は彼の死後に少し触れたっきり数年は中身を検めていなかった。
 当時は悲しさのあまり彼の着物すらも直視できなかったが、今はそうではない。整理下手だった十六夜の箪笥はこの際全て浚う必要があった。重要なものは十六夜の実家である望月本家と未だ交流の深い早良家を通じてに受け渡し、楸に引き継いで問題のないものは手入れして利用する。
 朧自身の持ち物は少ない。
 精々文房具に衣くらいのものだったが、里から物を持ち出すことは何もかも未練になりそうだった。今身に着けている衣ですら、里での長年の生活が染み込んでいて、下界で再び身に纏えば、たちまち里の思い出に支配されそうな気がしてならない。
 新しい着物を繕うのは贅沢だったが、いずれにせよ下界に降りるには女物の着物が必要なので繕わねばならない。
 そればかりではない。仕立てるものはこれから先数年分の楸の着物こそが主だった。これからの数年、楸はより逞しく成長を遂げるはずであったし、下忍となったらば衣装の破損も多くなるやもしれぬ。
楸には、男であったとしても必要に応じて己でせねばならぬ時が来るかもしれぬからと言って繕いも教えているが、不得手なようであるし、物ぐさがたたってなかなか修繕に手を回さないだろう。
 幸い、十六夜は衣装を古着に出すこともなく、箪笥の中に放っておいているので、数着仕立てる贅沢も出来る。箪笥の中身をすみやかに検めて、残りの日はひたすらに針仕事に充てねば間に合わない。
(服と刀甲冑類は以前にわしが頂戴しておるから楸に下げても問題のないものとして、あとは春ちゃんに位牌と遺髪を預ける。望月本家に返すかどうかは任せるとしよう)
 衣を検め終えると、次は雑多な物品の整頓だ。目立って重要そうなものは見当たらず、殆どがらくたと思われた。
(一度春ちゃん……、いや、道順に見てもらうか)
 故人のものとは言え、勝手に捨てるのは忍びない。村はずれの十六夜の墓――中には十六夜の遺骨は一切ないのだが――に埋めるか、或いは位牌と遺髪の今後の行方によっては、遺品として下界の望月家に返すことも考えられた。
 大方の仕分けが済んで、朧は神棚に祀っていた遺髪の入った桐箱を開く。
「十六夜、わしは遂にここを離れることになったぞ……」
 鈍い光を反射する黒髪は、六年前に桔梗の丘から掘り出した時と変わらず静まったままだった。彼女は暫くじっと遺髪を見ていたが、やがて共に包んであった鍵を取出した。
 遺髪を掘り出した時に一緒に入っていた鍵だ。これも十六夜の遺品と同じで手に入れたっきりずっと持ち出すことはなかった。だが、十六夜は生前この鍵を朧にこそ見つけてほしいと託したのに、どうして最後にこの鍵を使わぬままでいられるものか。
(この箱の鍵で間違えないじゃろう)
 箪笥から出てきたぼろぼろの箱は縦八寸、横六寸。黒漆塗りで、いかにも高価な箱だったが、十六夜の扱いが乱暴だったせいか、蒔絵は剥げ、満月とすすきの模様が見る影もなくなっている。朧が箱の錠に鍵を差すと、見込みが当たって兎形の錠前が軽い金属音を立てて外れた。彼女は恐る恐る蓋を開ける。
(十六夜はわしに何を託したのだろうか)
 深呼吸をして黒い蓋を視界から外し、中を直視する。すると、そこには一冊の書が無造作に入れられていた。
「きほう、き……? 日記か」
 表表紙の題箋に『㐂豊記』と何ともめでたい文字が並んでいる。㐂豊とは十六夜の真の名である基芳(もとよし)を音で読ませ、文字を変えたものに違いなかった。
朧は題箋の文字を指先で撫で、丁重に十六夜の日記を取り出す。
 あの忙しさに暮れた生活の中でいつの間に日記をつけていたのだろうか。
 ぱらぱらと紙をめくると、十六夜の力強く奔放な文字が飛び込んでくる。お世辞にも達筆とは言い難い文字だが、跳ねるような癖のある文字の一つ一つが彼の人柄を髣髴とさせ、朧は不覚にも目の奥にじんわりとした熱を感じた。
 日記は極私的なものではあったが、忍びとしての日々の務めも記録されていた。さすがは当時出世頭だったこともあって、務めの多さは抜きんでている。朧が将来忍びになることを見越してこの日記を託したのかもしれなかったが、その彼もまさか死後にくノ一の制度が廃されるとは予想だにしなかったに違いない。
 前半は簡単な書き留めにすぎぬの日記だったが、ぱらぱらと折をめくり進めると、ある日を境に文章の密度ががらりと変わっていた。
「これは……」
 玄武国三十六か所参りで有名な青竜寺を訪れた日からである。
 朧の預けられていた青竜寺は寺院同士の争いが元で焼かれ、近年やっと再建された。彼女は寺院同士の争いに巻き込まれ、逃げ場をなくして呆然と瓦礫の海に坐していたところを十六夜と道順の二人に助けられ、風刻の里に来た経歴を持つ。
 この寺は海に面しており、すっきりと晴れた日には青竜国の島影が海上に浮かび上がる。青竜国に近いため多くの門弟は青竜国出身であり、内半数は口減らしのために預けられた者たちだ。朧もその例に漏れないが、彼女の場合は加えて占師に呪法の力が凶事を起こすと言われたために母親が忌んで預けられた経緯がある。
(わしが預けられた寺ではないか)
 当日の記述に『子を拾った』と墨書されている。
 十六夜は子を拾ったので母親の気持ちになって子の成長を記すと書いていた。朧は漸く何故記述が増え、何故十六夜が己にこの日記を託したのか気付いた。背が伸びただの、髪を伸ばさせるだの、或いは些細な感情の変化に彼がどのように戸惑ったかなどが逐一記されている。朧は自身の成長を記す文字に重ね、懐かしい記憶を蘇らせる。
 十六夜は死を覚悟して周到に準備をしていたのだろうか。それならば、日記を残してくれた嬉しさの反面、腹立たしい。戦に負けたとしても、朧にとっては十六夜が生きていることこそが最も重要であったというのに。
 日記を読み進めると、ふと青竜寺での記述の中に気になる項を発見した。
「青竜寺は近隣の渡岸寺と度々諍いを起こしていたが、この度金堂の蝋燭が倒れ、火が燃え広がって堂宇を焼いた。渡岸寺は放火しておらずと主張したが、些か火の手の回りが早すぎたのに加え、敷地の殆どを焼け尽くしてしまっているので何者かの手で放火された疑いは免れない。青竜寺に残っていた者の殆どは死に、某到着の時には小僧一人しか生き残っていなかった。この小僧は生きていたが意識を放棄しており、里に連れ帰る。結局肝心の弥勒の書の断簡は見つからず云々……」
 紙をめくる指先に力が入る。
「弥勒の、書。方向ナシの森で雷神の宮の忍びが言っておった……? 十六夜が青竜寺を訪れたのは偶然はなく任務の一端か……?」
 朧は他の日付に同様の言葉がないか探す。
 すると、青竜寺の件に遡ること二か月余りから、記述が点在し、十六夜は当時この『弥勒の書』なる断簡を集めに奔走していたことが分かった。
 だが、『弥勒の書』がいかなる書物であるのかは判然としなかった。日記に雷神の宮のみに留まらず、僧院も同じ書を求めていると記述されていることから非常に重要なものであることだけは察しがついた。
(しかし東雲様は知らんようじゃった。今の八人衆全員が知っているわけでもなさそうじゃ)
 恐らくは上忍の中でもごく限られた面子のみが知り得る情報なのだろう。
 朧は背中がうすら寒くなるのを感じた。現在おおやけには隠匿されている事実を鑑みれば、これは彼女のような忍びに非ざる者が知ってはならぬことのように思えた。かといって、ずっと隠匿されるべき内容であるとも考えられなかった。
 少なくとも今も雷神の宮は書を求めているはずであったし、その見解が正しければ彼女の知らぬ裏で書を巡って多くの血が流れていると推し量られた。
 嫌な想像が頭をよぎる。
 例え過ぎたことであっても、そうであって欲しくない、と答えを求めるように、彼女は文字の続きを追う。
『二月十三日、久遠寺
 久遠寺は藤間郷よりも雪が少なく春の気配すら感じる。弥勒の書の断簡の一部を入手するも、この断簡は既に三等分に切られた後で、同じ一枚ものであるはずの残り二枚(前後であろう)の行方は不明』
『二月十四日、龍眼寺
 寒椿が名物だそうだが時期がややずれていて生憎花は少ない。代わりに紅梅の見事なことは道順も関心。断簡は他の者が持ち去っていたが、どうやら僧であるらしい。寺社の派閥があるとはいえ、忍びよりも真っ向からの収集が容易なので雷神の宮以上に気を付けるべき相手。僧の弥勒の書を集める意図掴めず』
『同    、源龍寺
 龍眼寺と同じく僧の手により断簡奪われり。枯野見の一行とすれ違うが、我々は枯野見には飽いているので振売りの燗酒で雪を愛でる』
『二月十七日
 帰郷。朧が風邪を引いたと春が甲斐甲斐しく世話をしていた。本人は走れるほど元気。大事なく安心。出かけている間に村の外れで雷神の宮との小競り合いがあったそうだが、刀を交えることなく両者引いたとのこと。雷神の宮も恐らくは弥勒の書の完成にかけて無駄な火花を散らすことを避けているのだろう。小競り合いはあっても本格的に仕掛ける様子は見せない』
 気付けば十六夜の日記の日付は八年前を示していた。
 朧と十六夜が出会った十四年前の記述に比べ、雷神の宮との仲は次第にきな臭くなっていた。
 彼女の想像は的を射ていた。即ち、八年前の雷神の宮との戦は、領地争いの名目の裏に『弥勒の書』が深く関係している。しかし、八人衆の務めを手伝う朧に断簡や書を盗み出すような命が下ったことはない。そこから『弥勒の書』は少なくとも十数年前から里の上層の限られた者たちが内密に掻き集めていたが、八年前の戦の停戦を機に、一旦双方とも書の収集を停止したと考えられる。それが何がしかの理由で今になって再び雷神の宮側で集められ始めた。
(いかな理由で……)
 日記をめくるが、目的らしきことは書かれておらなかった。ただ、断簡に書かれていたであろうみみずのような暗号文字の一部が十六夜の考察とともに写されいた。彼は一文字一文字に尤もらしい推察を添えていたが、これも結局は解読出来ていないようだった。この書は断簡を全て手に入れてぬことには解読が難しいのかもしれない。
 ともかくこの重大な密事の記された日記を、ただの思い出の品として家に置いておくのには不都合があった。勿論、朧が里を出る際に持ち出すことは可能だが、何時どういった経緯で敵の手に渡るか知れたものでもない。里内で保管するのが一番安全であることは確実だ。しかし、万が一、己が里を離れた後に楸が誤ってこの日記を開き、『弥勒の書』の内容を軽々しく人に喋ることでもあれば、密事を暴いた罪人として斬られることも無きにしも非ずだった。
 果たして、朧は十六夜の遺した私的な日記を単なる遺品として所持し続けるわけにはいかなくなってしまった。







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